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4月1日

フジテレビ系の人気長寿番組「笑っていいとも!」が3月31日、
32年間の長期に渡る放送に幕を下ろした。

放送文化の歴史に大きな足跡を記したこの番組の終了を惜しむ声は多いようだ。
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「新しい航海」へ

2011年も残すところ20時間を切りましたね。
今年は誰しも時の速さというか、「止まらなさ」みたいなモノを感じていると思います。
ちょうど一年前の、2011年12月31日の日記を読み返してみました。
そのなかで触れている恩人は、病状が悪化することもなく、元気です。
検査の結果も、病巣自体は確認されているものの、悪さはしていない様子。
医者も不思議がってるそうです。


それにしても、2011年はどんな年だったんだろう。
一言で言い表すのは、やはり無理がある。
だけど確実に言える一言は「時代が変わった」ということ。

バブル崩壊以来、下り坂とはいえ一応は舗装された道の上を進んでいたのが、
あの日以来、道なき荒野に転がり出たのだと思う。
今までの地図はもう役に立たないだろう。

新しい地図を作るにはどうすればいいか。
それは、やはり歩くしかないんじゃないかと思う。
そこを自分の足で訪れる人、自分の目で見る人、自分の声で話す人がいれば、
その足跡や、その景色に惹かれる人や、その話を辿る人の足跡が地図になっていく。
観光案内とは違う、民の足に踏まれた記録が堆積していくだろう。
それは「位置ゲー」やグーグル・マップより遅いかもしれないけど、
足跡が見える地図になるはずだと思う。

2012年は、そういう一歩一歩が、邪魔されずに進んでいってほしい。

なんだか他人事みたいな書き方になってるけど、誤解しないで欲しい。
それは直接に、具体的に何かをできるわけではないという意識があるからだ。
この事態を招いた連中の役立たず振りを糾弾したくても、自分もやはり役立たずだ。
被災地を訪れたわけでもないのに、こんなコトを言っていいものかと考えてしまう。
ジョン・レノンの曲で一番好きなのは「Jealous Guy」(というのは、メロディのよさ
もさることながら、ジョン自身が追求し続けた「自分なりのソウル・バラード」を、
ついに実現した曲だから)で、「IMAGINE」はどうも好きになれない。

レノンに限らず、ロック・ミュージックやその周辺のヒトやモノに関して、
僕が魅力を感じる理由はだいたい共通している。
それは「何一つ上手くこなせないとしても何もかもやり抜く」という姿勢だ。
そういう奴らは説明も約束も無しに、常に一瞬先へと身を投げ出してる。
言われるまでもなくイメージの世界を信じてる。

足りないのは、きっとイメージだ。
たくさんの人が、それぞれのイメージを少しずつでも形にしていくことだ。
それを今までの地図の上に当てはめるのではなく、新しい星座を編むように、
それぞれの輝きを繋いでいけたらいいんじゃないのかな。
2012年のイメージを、今日一日で、輝かしいモノにできたらいいな。

自分の居場所をじゃんけんで決めて泣けちゃうような奴らは放っておけばいいんだよ。

2012年こそはそれぞれの星がそれぞれの場所で瞬きますように。
2011年の闇の深さを底まで照らせるように、精一杯の光を放ちましょう。

本年もありがとうございました。
来年もよろしく。

http://www.youtube.com/watch?v=3ikQTfUf8Rc
 
 

早く人形になりたい!

久しぶりに球体間接人形展の図録やら、ベルメールの写真集やら、
いろいろと眺めまわしております。

制作のインスピレーション喚起のためなんだけど、
好きな分野なのでパラパラめくっているだけでも、
やはり刺激を受けやすいようだなあ。

なにしろ歩き方が変わった。

人形の写真や図像を見ているうちに、なんだか自分の身体よりも、
段違いに生々しい存在として僕に迫ってきてしまうものだから、
勢い、自分の体を人形になぞらえてみたくなってくる。
簡単にいうと、人形への憧れが湧いてくるわけですね。
と、書いて思い出したけど、この類のモノを避けるようになったのは、
そういう理由だった。人形に嫉妬してしまう自分が怖かったんだ。
どうやら今はそこまで深刻な状態ではないようで、まずはよかった。

で、歩き方が変わった、という話。




 
 

早く人形になりたい!

久しぶりに球体間接人形展の図録やら、ベルメールの写真集やら、
いろいろと眺めまわしております。

制作のインスピレーション喚起のためなんだけど、
好きな分野なのでパラパラめくっているだけでも、
やはり刺激を受けやすいようだなあ。

なにしろ歩き方が変わった。

人形の写真や図像を見ているうちに、なんだか自分の身体よりも、
段違いに生々しい存在として僕に迫ってきてしまうものだから、
勢い、自分の体を人形になぞらえてみたくなってくる。
簡単にいうと、人形への憧れが湧いてくるわけですね。
と、書いて思い出したけど、この類のモノを避けるようになったのは、
そういう理由だった。人形に嫉妬してしまう自分が怖かったんだ。
どうやら今はそこまで深刻な状態ではないようで、まずはよかった。

で、歩き方が変わった、という話。




 
 

略奪者各位

略奪者各位

予定表付きの停電に愚痴りながら、
成人男性の平均身長ほどに積まれたトイレットペーパーの脇で、
大量に買い込んだインスタント食品を食べるのはどんな気分かな。

どうやら気付いていないようだから、教えてあげよう。
あなたのやっていることは略奪にほかならない。
被災者に回すべき生活必需品を、地の利に乗じて奪っているのだ。
つまり、被災地に兵糧攻めを仕掛けているのだ。
あなたが過剰に貯め込んだ分だけ、避難生活をしている子供たちの死が近づく。

さあ、どんな味がする?
子供たちの命を食べると、どんな味がするんだ?

と、ここまで書いたところで、われわれ日本人のほぼ全員が、
アジアやアフリカの子供たちの命を食べていることを思い出した。

いま買いだめに走る人たちを、我々はそんなに非難できるのだろうか。
恒常的に弱い命を食い散らかしているくせに。
買いだめに走る人たちの姿は、自分たちの似姿ではないのか。

我々はみな、ずっと略奪者だったのだ。
やっとそのことが自覚できるようになった。

では、できることから始めよう。
まずは・・・
やはり買いだめをしないことだな。

「東北関東大震災」支援クリック募金
 
 

いまこそ冷静に

被災地に暮らしていなかったという偶然のおかげで、生き延びている。
これが今の率直な心境。
イラクやアフガンやソマリアに生まれなかったという偶然とも本質的には同じこと。
だけど、それにくらべれば手も目も届きやすい所にいるというのも事実。
具体的な行動を何もせずにいるのは、やはり後ろめたく感じてしまう。
とはいえ、何をしても空振り感の方が強くて、すぐ虚しさに追い越されていく。
同じように感じている人も多いんじゃないだろうか。

それを和らげてくれるのがリツイートなんだろう。
自分でも情報拡散をしていてそう思った。
だけど、これはひょっとすると危険な状態かもしれない。
不安や無力感から目を背けるために、手軽な善行に走る。
自分が安心したいがための、優しいヒステリー反応に溺れてはいないか。

幸運にして直接被災しなかった地域も、明日からエネルギーや物流の面で影響を受ける。
その時になって「あの時できることはやったのに」などとは思わないようにしたい。
無傷で生きている我々が直接に向き合うべき事態はこれからだ。
粛々と、冷静に、辛抱強く乗り越えていこう。

Googleまとめ 東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)
http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html
 
 

麻布深更灰杯始末

なんていう題で新作歌舞伎にでも仕立てたらいいんじゃないかと思う。
敵役もなかなか面白い来歴を持っているようだし。

市川海老蔵(11代目)に関する酒席での暴力沙汰の話題がずいぶん長引いているようだ。
いまなら尖閣および朝鮮半島情勢にいくら時間を割いても多いということはないのに、
そのための時間を敢えて削ってまでこの話題を扱うのはどういう意図だろうか。

なんてことを本気で考える人は世界に一人もいない。
そもそも有名人の失敗談は、ある意味最古の「スクープ」だ。
敵国の王や有力者が何かしくじりはしないかとアンテナを張る。
または見方でも、勢力争いの競争相手の弱点を探る。
これらをいち早くキャッチすることが、情報収集の原点。
つまり諜報こそが本質であり、諜報によって得られた情報は、
そのとき有力と目される権力のもとへリークされる。
だから衝突映像はYouTubeへ「も」持ち込まれたのだ。

リークする者には動機がある。
衝突映像の場合は、憤りだろう。
常時、極度の緊張を強いられるであろう海域での勤務、
民間漁船を監督できていない中国の海洋行政の現状を見せることで、
「これでも日本は砲撃していない」という事実をどう見るのか、
それを問おうという決意だったのだと思われる。

さて、海老蔵の場合はどうか。
人気の歌舞伎役者。
女性や金銭に関する話題があったとしても、別段不思議はない。
むしろ、ない方が不自然なのである。
最近よくある、10代向けのファッション誌で広告マネキンとなり、
漫画原作のドラマでぼんやりと主演を務め、女(男)優さんいっちょ上がり、
という歩みは、さすがにしていない。
芸人としての修業を一通り経ている。
隠し子騒動も経て、人気女子穴と結婚もした。
イメージもクソもない。

では、そういう歌舞伎役者の失敗談を声高に取り上げて、
どうしようというのか。
これはリークした側に梨園刷新の意図があったとしても、
持ち込み先にそれを扱う手腕がなかったようである。

とにかくその論調が決定的に面白くない。
芸人が酒を飲んで暴れて痛い目を見た。
つまるところ、ただそれだけの話である。
そういう海老蔵の失敗を引き合いに出して「酒はほどほどに」などと言う。
頭がおかしいんじゃないかと思った。
「人の話を聞かない」というのが幸せの秘訣だという、
どこかできいた皮肉を思い出す。

ひたすらに芸の継承のためには血統もなにもない世界である。
何を犠牲にしてでも板の上でその身を咲かせるのが歌舞伎役者であろう。
そういう超絶的なシャーマニズムをこそ、僕は期待している。
今回の痛手だって、弁慶の立往生に活かせるかもしれない。

そもそも、キナ臭い話の一つもない役者が荒事を演じるなど、
それこそ観客を馬鹿にした話ではないか。

だからといって、日本の艦艇が不審船を目がけて発砲する様を見たい、
というわけではないですよ。
わざわざ衆目に晒すまでもない情報が執拗に取りあげられると、
その野暮ったさが何もかもを台無しにしてしまうのだ。
しかし、野暮を恐れるあまりに何もかもを隠してしまうと、
核心が全く伝わらずに形無しとなる。

役者の身の上を他人事と思うことなかれ。
ただ酒席の自戒ならず。
むしろ記述者、伝達者の戒めなり。
 
 

1910 歴史の迷子

自分から望んだこととはいえ、日本における電信の歴史と、
セルアニメ黎明期の状況を同時的に調べるという厄介なお題を背負ってしまった。
いよいよ国会図書館デビューのタイミング到来かもしれない。
資料が少なくて、身の回りでは調べきれそうもない。

電信の方はそれなりに追えそうな予感がするのだけど、
アニメについては見通しが立たない状況。

丁寧に根っこを掘っている人が皆無に等しいという事実をあらためて認識した。
現状では津堅信之という方しか通史的な視点を重視している人がいない様子で、
一時期ジャパニメーションだ文化輸出だと騒がれたけど、
なかなか市民感覚に訴求するに及ばないのも道理だ、という印象。

当方としても論文を書こうというつもりではないのだけど、
それでも日本で共有されている情報の少なさには愕然とした。
いまもざっとテレビのチャンネルを一巡したら、TVKでアニメが放送していたように、
放送コンテンツとしては一つの定型を成しているにもかかわらず、この状況。
流通量と文化的練度には何の関連もないということをあらためて実感。

しかし、僕が調べている1910年周辺、ジョン・ランドルフ・ブレイ周辺では、
アニメーションが新たな表現手法として育っていく過程があったはずなのだ。
当該業界人がそのことを顧みようとしないという感覚はどうしても理解できない。
近年の大河ドラマを、違和感なく見ることができる人びとの感性とも関係があるのだろうか。
まあ、そんな当たり前の感想をつぶやいても始まらない。
ことによると愚痴だと受け取られかねないしね。
自分が賛同できない情報はすべて愚痴か誤報だと見做す人は多いから。

ブレイという人は、職人や表現者としての才もあったようだが、
アニメ界に分業制によるスタジオワークを確立した人だったらしい。
つまり、ピクチャレスクな分野に19世紀的な産業革命が及んできたということなのである。
僕はそう考えている。
だからこそアニメーションはあの時代に商品に成り得たし、生身でも機械でもない、
いわば「第三の身体」を先取りすることもできたのだと思う。
肉体と精神が一緒くたに引き裂かれていくことを予感していたともいえる。
未だ凍結中だが、押井守の「ガルムプロジェクト」はこの時すでに胚胎していたのかもしれない。

なんて妄想は控えめにして、ともかく資料を探さねば。

ちなみに、同報電信は現在のあらゆる電子通信手段のご先祖様です。
こちらも無線愛好家その他の方々が通史を整備していない。
または技術的な出来事しか拾っていないため、時代的な情報になっていない。
その結果、我々一般人が100年以上も受信確認できないままになっているのはご存じの通り。

で、僕がなんでこんな苦々しい記述をわざわざしているかというと、
その理由は上記から察するに難くない。

この記述が何年先まで残る情報か分からないけど、
もしこの記述が多少なりとも歴史に言及していると評価されたなら、
少しでも調査の道筋を定めるのに貢献できる可能性があるのならば、
書いておくにこしたことはないと思うからである。

2010年の時点で、1910年周辺の日本の電信環境や、アメリカでセル技法が開発されたばかりの
アニメーション業界を調べようとした、特に関わりのない日本人がどういうことを感じたか、
書いておくことは、無価値ではあり得ないはずなのだ。

なぜなら、僕がいま調査している事柄について、そのような記述でも収集したいと思っているからである。
結果的に、僕がその情報を直接的に何かの形で発表したりすることはないかもしれない。
それでも、その記述に触れたかどうかによって、その時代の空気を感じる、
あるいは想定する際の、密度のようなモノが明らかに変わってくるはずである。

なんて殊勝なことを思ったりもするようになった。
こういう形で歴史に取り組むという機会を得ることができて、よかったなあ。

そんなわけで、何か役立ちそうな情報があれば教えてください。
よろしくお願いします。
 

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