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魁!男図書塾!!

録画してたレッドクリフのサッカーのシーン見てたら民明書房スイッチが入ってもうた。



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つぶやき?うめき? 2011/10/18 06:00頃

他者が自身と別個の思考を有する肉体だと意識できたのは、
いつのことだったろう。
はっきりとは分からないが、今では明らかに別のものと認識している。
ここには、無意識の学びがあったのだろう。

それは「生」という情報との幸福な交感の頂点であり、
同時に「死」という情報との宿命を締結する極みだろう。

僕は「学ぶ」というコトは、それを忘れないというコト、
そういった記憶との繋がりを抱き続けるというコトだと思う。
愛するコト。
諦めないコト
暴力とは違う強さで自分を抱きしめるコト。
いつかそれができるはずだと信じるコト。

自分が学ぼうとしないだけの怠惰を「無垢」である証拠だとすり替えようとする連中は、
これこそ真の悪と言って差し支えないであろう。

無知を恥じるならまだいい。
不明を悔いるならまだいい。

ただめんどくさいだけなのに、
ちょっと相手を持ち上げるふりをして、
遠まわしに相手を見下せる位置を探りつつ、
自分の立ち位置は決して検証させまいとする、
そういう「無意識的に通念と心中したがる人たち」が、
すごく怖い。

まあ、自分を善人だと思ったまま何も知らずにくたばるのも、
安らかではあるのかもしれないと思うけどね。

つぶやきにしては長い物言いなので、
こちらの更新も兼ねて。
 
 

理科教師Sのこと

はじめに断っておく。
これは告発ではない。
特定の職掌にある何者かへの揶揄でもない。
単なる個人的な回想である。

なぜこんなことを思い出したのかは分からないが、中学生の頃のことを思い出した。
特にどうということはない場面なのだが、いま思うとやや不自然な感じがする。

それは運動会の練習の一場面である。
騎馬戦だか組体操だかの練習で、初回の練習の日に欠席していた数人を組み入れるため、
グループの再編成をしていた時だった。

指導するのはバスケ部顧問の理科教師、Sである。
長身で、明るい授業スタイルが人気のある先生だった。
暴走族上がりだという来歴からか、ヤンキー連中とも話の通じるチャンネルとして、
教員たちからも重宝されていたような記憶がある。

初回欠席組はSの近くに集まり、振り分けられるのを待っていた。
僕もその5~6人のなかの一人だった。
Sの振り分けが始まる。
僕以外の欠席組はSの判断でサクサク割り振られていくのに、
僕だけ最後まで残ってしまった。

不自然なのはここからだ。
やにわにSは、行き場なくポツンと立っている僕の手をとった。
そして「掴まれ」と言ったのだ。
僕はなんのことだか分からない。
すると、Sは僕の両手を掴んで背中を向け、グイッと僕の手を引き寄せるではないか。
つまり、僕がSの背中へ抱きつくような格好になったわけである。

いま思えば、あまりに不自然ではあるまいか。

そして、その不自然な体勢に戸惑った僕がSから体を離すと、
彼は「ちゃんと掴まれ」と語気を荒げて命じたのを覚えている。
それでもその時は、さっさとグループ分けをしないと時間が押すという意識があったから、
特に何とも思わずに従い、やがてグループ分けも決定し、練習が開始された。

その後、同じようなことはなかった。

しかし。
やはりSは、一時的であるにせよ、教員としての立場よりも私人としての行動を、
優先したのではないだろうかと、いまは思うのだ。
改めて断るが、僕はそれを責める気はない。
誤解のないように添えるが、僕は男色趣味はない。

彼の真意は分からない。あえて推測も述べないでおく。
しかし、彼は自分で決着をつけたのだと思う。
ならば、誰が文句をつける筋合いの話ではないのだ。
ただ、僕が気まぐれに記憶を紐解いてみただけ。
それだけのことである。
 
 

DOYAGAO

雷電「むう、いま土冶顔と言ったか・・・!?」
富樫「なにーっ!知っているのか雷電ーっ!!」


土冶顔―

江戸中期、夕暮時になるとたびたび往来に現れ、
道往く人びとをたぶらかす化生の者があった。
この者はあやかしの術を使い、それを目にしたものはみな、
その鮮やかさに目を奪われ、あまりの驚きと興奮に、
正気を失わんばかりに動揺し、失神する者もあったという。
化生の者はその様子を眉一つ動かさずに眺めるというのが特徴で、
その表情が土で作った人形のようだということから、
いつしか「土冶顔」と呼ばれるようになった。

『日本奇貌史』 民明書房刊

http://bit.ly/9mQZDl


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


コミケロ「ドヤドヤドヤーッ!」
実況「あーっと!なんだこの体勢はーっ!!」
コミケロ「喰らえっ!ドヤガオーッ!!」
ブロッケンJr「ゲェーッ!見たこともない奇ッ怪な構えだぜーっ!」
スグル「ムオオ~ッ!」
ミート「王子ーっ!」
テリーマン「そういえば、聞いたことがある」
ロビンマスク「知っているのかテリーマン」
ラーメンマン「あれは・・・ドヤガオ!話には聞いていたが・・・!!」
テリーマン「慰問試合でフィリピンの米軍基地へ行った時のことだった。
      ミーはジェロニモと組んでメインイベントに出場した。
      試合は接戦だったが、最後はジェロニモが得意のチョップで
      フィニッシュを決めた。その相手がリングを降りる間際、こう言った。
      "負けたのは残念だが、今日の出来ならドヤガオの刑はないはずだ"と」
ラーメンマン「この技をまともに受けると、精神を破壊されてしまうのだそうだ。
       やがてはみずからその技を仕掛けられることを望むようになるという。
       じわじわと相手をなぶるような、とにかく凄惨な技らしい・・・!」
テリーマン「そう、彼らも同じことを言っていた!」
正義超人一同「グ・・・グムー」
ミート「王子ーっ!」

http://bit.ly/cYNcck

 
 

未知を食べる

先日の日記で「手づかみでモノを食べること」についてくだくだと書きました。
長いんで、興味のある人はあとで読んでみてください。
その中で、ナイフ、フォークと箸の違いについてチラッと触れたまま、力量不足で宿題にしたままになっていた。
そこにちょっと手をつけてみようと思います。

コメントの返信で、考えていることについて大まかに書いておいたのだけど、この両者の違いは、
西洋と東洋の「考えかた」の違いに起因するのだと思っています。
何故そう思うのかというと、この両者の道具としてのあり方を考えると、その違いが明らかだからです。
どう違うのかというと、ナイフ、フォークの場合、食べるモノに合わせて、大きさや形状の違うものを、
あれこれと持ち替えて組み合わせながら使います。
スープを飲むスプーンと豆類などを食べるスプーンは別のものを使うし、
肉を刺すフォークと麺類などを食べるフォークは反りが違ったりします。
ちょっといいトコのレストランなどだと、席に着いた客の両側にずらりとそれらが並びますね。
(アレは外側から使うんでしたっけ?)
これは、対象物に対する対処の方法を、外側に随時構築していくというやり方です。
対象物を細かく分類して、それらと一対一で対応するように対処法を用意していくんですね。

それに比して箸の場合は、道具を持ち替えるのではなく、手のほうを使い分けます。
といっても、食卓にたくさんの手を並べるわけではなくて、食べるモノに合わせて、
持ち方を変えたり、動かし方を変えたりして、何を食べるにしても二本の棒で対処するんですね。
汁物の類はそのための道具を用意せず、椀に直接口をつけて飲みます。
これは、対処の方法を、内側から導き出すというやり方です。
対象物の分類をやわらかくして、自分の動かし方を変化させていくわけです。

このように考えていくと、「食べ方の違いは考え方に起因する」のではなくて、
むしろ「食べ方の違いが考え方の違いを生んできた」のではないか、と思えてきます。
土地土地で手に入る食べ物は違うので、知らない食べ物に接するたびに、
「それをどう食べるか」を我々の先祖は考えていたのではないでしょうか。
そして食べ方を開発し、その食べ物を「考えごと食べてきた」のではないかと思うのです。
つまり我々は、未知を食べ続けてきた種族なのだと。

さあ、今回はこの辺が潮時のような気がします。
引き続き考えていくので、また何かネタに行き当たったら書いてみようかな。
 
 

名前を付けてみた

ある日、バス停でバスを待っていたときのこと。
一本前の便にはタッチの差で間に合わず、次の便までたっぷり待機することになった。
9月といえどの炎天下に、額で汗が玉になる。
夏の終わりに蝉たちの歌も最後のリフレインに入り、シャウト、シャウト、蝉シャウト。
セミシャウト、だとシャウトしきってないみたい。
「週末だけシャウトしてます」とか「本職のシャウトほどじゃないけど素人のシャウトの域じゃないよね」的な、
「セミリタイア」とか「セミプロ」とか、なんだか未練がましいような憐れっぽいような、
実は陰でちょっと煙たがられたりする趣味人ぽくて哀しい感じ。

なんてことを考えるともなしに考えながら、雲の形はまだまだ夏だなあ、
とぼんやり空を眺めて、それなりに心は平穏だった。

それが、なんなのだ、あの輩は。
 
 

塀の中の懲りない我々

前回のエントリから一ヶ月が過ぎようとしている。
「もう一ヶ月」という思いと「ようやく一ヶ月」という思い。
どちらとも判断がつきかねている。
一日はあっという間に過ぎ、一週間は果てしなく感じる、
濃密に圧縮された情報の波に翻弄される日々の、最初の一ヶ月。
我ながら驚くのだが、この間に摂取したアルコールは、缶ビール一本のみ。
そのかわり、粉末インスタントコーヒーの瓶が三本、空になった。

いま取り組んでいることは非常に面白いし、やりがいもある。
そして手強い。難しい。だからこそ楽しい。
しかしそれを「楽しむ」余裕など、ない。

僕は以前からこの「楽しむ」という言葉の使われ方に違和感を感じていた。
たぶんプロのスポーツ選手などが、自己暗示的な意味も込めてマスコミ向けに発言し、
それが広まったものだろう。

自分の心の中から挑戦意欲が湧いてくるときの、あの素晴らしい高揚感。
きっとあの感じのことを「楽しい」と言っているのだろう。
そして自分の精神状態をそのように導くこと。
そのことを「楽しむ」という感覚的な一語に集約しようとしたのだと思う。
この一ヶ月を経験した今では、その感覚が少しは分かるようになったようだ。

僕が感じていた違和感は、この「楽しむ」という一語だけが一人歩きしていることだった。
「その時その人がその言葉を発した」という状況までを含んだ文脈的な意味が、
なぜか、いつの間にか知らないうちにバッサリと削ぎ落とされてしまう。
その上で、単純なフレーズだけがあたかも共有されているかのように扱われる。
それがなんとも気持ちの悪い感触を、僕の「耳以内」や「眼以内」に擦りつけてくる。
ということは、感覚的なほぼ全身が気持ち悪いということだ。

「楽しむ」にもいろいろある。
犬や猫を撫でている時、テレビゲームをしている時、昔の日記を読み返している時、
酒を飲んで阿呆な話をしている時、買い物をしている時、部屋の模様替えをしている時。
こういう類のものが、我々のような一般人に共通する「楽しさ」だろう。

果たしてそんなことをスポーツ選手が自ら進んでわざわざ言葉にするだろうか。
それは考えにくい。
ということは、誰かの質問がその答えを導いたという推論が有力になる。

しかし、犯人探しをするつもりはない。
僕はそういうことに意味も価値も感じないし、楽しみも見出せない。
「誰が悪いのか」なんていう瑣末なことよりも「何がおかしいのか」について考える方が、
よっぽど「楽しい」と感じる。

さて、何がおかしいのか。
質問がおかしいのだろうか。
いや、質問の意図や内容がなんであれ、答えることはできる。
では答えがおかしいのだろうか。
試験問題ではあるまいし、それはないだろう。
相手の答えを理解できていれば、という条件付きだけど。

問いも答えも問題ないとすると、何がおかしいのだろう。
おかしいと思っている僕の頭がおかしい?
そうかもしれない。
しかし、おかしいかもしれない頭の持ち主は、もう一人いるはずだ。
どうやら原因はこの辺にあるとみてよさそうだ。


 
 

青く密かに

元町の洋菓子屋の二階で待ち合わせる。
一応シークレットゲスト扱いなので、遅れて到着。
元町か。
以前来た時よりも、街の雰囲気に飲まれていない気がするのは、
それなりに心の余裕が出来たからなのか、
それとも誰かが待っているということで、
我が身の寄る辺なさを感じなくて済むからだろうか。

フランス山を登り、港の見える丘公園へ。
ここから見下ろす港の周辺も建物が増えて、
ずいぶん景観が変わったように思う。

大佛次郎記念館のレンガの壁を撫で、花の少ないバラの庭を抜け、
公園を出たら外国人墓地へと下る。
入り口の前まで来ると、偶然にもこの日は解放日だったらしく、
区画は限定的ながらも中に入ることが出来た。
ツイてる。

 

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