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読書メーターまとめ<2011年12月分>

今日は雪という予報に、実は昨日から物凄くワクワクしていました。
いい歳したおっさんが、雪を踏みしめたくて待ち構えてました。

しかし、さっぱり降りませんでしたね。
ただただ寒いだけです。
いわゆる「肩すかし」を喰らった状態です。
口惜しや。実に口惜しや。

肩すかしと言えば、最近の大相撲です。

昨年の一応の「仕切り直し」以来、改善されてはいますが、
どうもこの肩すかしやはたき込みなどの決まり手が依然として多い。
駆け引きも勝負のうちとはいえ、それらはただ勝たんがための小細工に見えて、
「力士」の姿には思えず、いかにも興醒めという他はない。
ああだこうだと、注文を付けるほどの内容もなく、ただ白黒の星だけが残る。
小兵が必死に工夫しての奮闘ならばひとつの見どころとして光りもするものだが、
同じような体格の者同士が向き合っての結果がそれでは、
見ている者としてはため息しか出ない。

把瑠都の初優勝は本当にめでたいと思うし、心からお祝いする。
だけど、彼は本来、白星を拾う立場ではなくなって久しいはず。
ぶつかってくるつわものどもを、埃を払うように跳ね返す存在になって欲しい。

白鵬が丁寧に鍛え上げた刀のような力士であるならば、
ずっしりとした鉞のような力士も見たいと思う。
しなやかに伸びる槍のような力士も見たいし、
叩きつける鎚のような力士も見たい。

一ファンとしての素直な心情としては、それぞれの力士が、
それぞれに一番いいところを発揮して、土俵を彩って欲しいと思う。

と、やや力んだ前置きに続いて、2011年12月の読書メーターまとめです。


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辰年のHonesty

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

とはいえ、新しい1年が始まった、という実感がないのが正直なところ。
2ヶ月後に「1年という時間」を噛みしめることになるでしょう。

それまで、「あの日」を語る言葉をより深くしていきたいものです。

などと改まって言うのは、年頭ということもあるけど、ある危惧の念があるから。
それは、歌にしろ、ドラマにしろ、いろいろな表現の場での言葉や語り方が、
急速に単一のトーンを強めたまま、進展の見込みがないような気がするというモノです。

単一のトーンとは、一言でいえば「三流少年マンガ的」というコトになるかな。

ある人物の「願う」とか「信じる」という心情に根拠が薄ければ薄いほど、
その「希望」は尊いモノと見なされ、それが個人的体験によるものであればあるほど、
美しい「絆」として位置づけられ、「感動的」であるとされるが、その体験自体は
理解が容易な定型化された構図を持っている必要がある。

そんな、実に単線的で、稚拙な理想化に傾き過ぎているように感じるんですね。
なんというか、イメージのデフレが下げ止まらない。
安物の夢を薄利多売する傾向へ向かっているような感じ。

清貧を看板にするような野暮は大嫌いだけど、安物の夢を売り抜けた稼ぎじゃあ、
おそらく美味しいは飲めないだろうなあ。

こんなこと言ってると、僻みや妬みだと思う人もいるかもしれないけど、
それは半分かそれ以上は当たっているような気もする。
そういうモノも、なかったことにしないのが僕なりの"Honesty"だと言ってみようか。

僕の誠意や矜持なんてその程度のもんですが、せめてその程度くらいは、
忘れないようにしたいと思います。

今年は辰年。龍の年。
龍とは、そもそも地脈水脈から生成するエナジーの迸りであって、
それが天へ登ってはじめて龍となり、天を駆けるパワーとして顕現するモノ。

安物の言葉ばかり放り投げていては、龍を呼ぶどころか、ザリガニすら二度寝する。
つまんない言葉はグッと呑み込み、エナジー込めて言い換えていきましょう。
例の七つの球を集めるより簡単なはずだよね。
ホントの勇気って、案外そんなコトのような気がするんだ。

そんなわけで、みなさま本年もよろしくお願いします。
 

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