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敗者こそ声を上げよ

大津の生徒自殺、いじめ以外の要因も…市教育長
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120717-OYT1T01196.htm?from=rss&%3Bref

今回、校内や教委に家宅捜索が入ったのは、警察権力拡大の足掛かりのような気がして、
あまり歓迎できないと思っている。
被害の訴えを無視し続けたことが、事態の深刻化の大きな一因でもある。
加害者としては「第三親等」に位置するわけで、本来はその届出の経緯のすべてが、
適切な外部調査を受け、裁かれなければならない筈なのだ。

それでも、報道から知る最近の事態の推移をみるに、「止む無し」の印象が強い。
同様の学校病理の報道は今までに(物足りない検証ばかりだが)いくつもあった。
それでも、ここまで醜悪な展開は記憶にないものだ。
今まで見えなかった同様の事態がどれだけあったのかと想像すると、
この猛暑でも思わずエアコンの設定温度を上げる。

実に悲しいレベルアップだが、震災・津波・原発という三つの経験により、
多くの人々の「痛み」への想像力は成長しているのだと思う。
だから、その格差がいま明らかになっている。

自分より弱いものに対する態度こそが、人格の根幹を作るというコトを、
あの時期に感じられた人とそうでない人の差がどんどん広がっている。

その結果、多くの人々が「学校に内部自治の見込みなし」と判断しているから、
今回の警察の動きも反発が少ないのだろう。

しかしこれは、すでに起きた暴力をより大きな暴力でねじ伏せる関係だ。
要するに後出しジャンケンである。
他者のルール違反や失策につけこんで正義の味方になりすましているのだ。
(これは米共和党の得意な、というか唯一の方法でもある)
この先どうなるものか、まったく信用ならない。

だけど、ジャンケンにはもう一つ大事なルールがある。
それは「出さなきゃ負けよ」というルールだ。

つまり、これは僕の負けなのだ。
そして、いま、この事態を知って憤っている全ての人の負けなのだ。
それを認めないと、加害者の非をあげつらって終ってしまう。

今までの犠牲とこの負けを種として、さらにこの怒りを糧として、
今日も心を耕していくしかない。
そうして、追いつめられた誰かの目にも止まるような花や実を、
自分なりにではあるけど、結んでいきたいものだ。

敗者の悲鳴こそ歌の源だぜ。
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「この空の花」を観て

映画「この空の花」を観てきた。

関東での上映予定を終えた後の、番外的な上映で、
そういうのが得意なアップリンクで観てきました。

去年は同じ頃に「100,000年後の安全」を観たな。
それは武術家の甲野善紀さんのツイートがきっかけ。

今回はある知人の紹介での観賞。

観終えての感想。
未整理なのでお含みおきを。

傷を傷として、その痛みを癒し、失った力を取り戻し、自らを再生する。
そうした、敗者としての時間を許されずに、高度成長という名のもとに、
「養殖」され続けてきた結果、経済大国という文明の塩柱と化した国に
暮らしている2012年の僕ら(多くの)日本人の姿がある。

「日本人の精神年齢は12歳」と断じた戦勝国アメリカ。
では、当時のアメリカの精神年齢は何歳だったか、自己申告できるだろうか。
僕の考えでは、近代日本を12歳とするなら14歳より上ではないと思う。
いわば子供同士だったのではないか。

子供同士の喧嘩は、決着がつくまで終わらない。
しかし、一人の子供と一人の子供ならば、自ずと限界が見える。

日が暮れれば持ち越しになる。
そして、やがて争いに飽きる。
飽きることができる。
決着の行方より、その日の楽しさの総量が上回りさえすればいい。

だが国同士の戦争となるとそうはいかない。
そもそも近代国家は戦争の準備を効率化するためにある。
僕はそう思っている。
そして殺し合いの効率化を競い、それを証明するために殺し合う。

僕らはそのロスタイムを生きている。
審判の笛を待って50年以上経った。
どうすれば止められる?
この映画は片腕でサックスを吹くのも一つの手だ、と見せてくれた。
やり方はそれぞれにあるはずだと。
 
 

読書メーターまとめ

7月ですね。
2012年も半分が過ぎました。
後半はさらに気を引き締めて行きたいものです。

いまのうちに、月初恒例の読書メーターまとめです。


~・~
 

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