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自称スナフキンの呟き

今日はかねてからお誘いを受けていた、某高校の吹奏楽部による、
定期演奏会に行って来た。
何故か隣の隣の町へ・・・





会場へ入り、手作りのパンフレットを貰ってホールへ向かう。
学生時代、高熱にうなされながらスポンサー集めをした記憶が蘇る。

聴衆はやはり親戚縁者、同級生などが多いようで、猛烈な場違い感を覚える。
ハコはまだ新しいようで、椅子は窮屈だが全体的には小奇麗だ。

「吹奏楽」という分野に疎い僕は、曲目を見てもいまいちピンと来ない。
中にはドラマの主題歌としてヒットしたという楽曲もあったが、
僕の鑑賞スタイルは「今期のドラマはこれとこれをチェック」
というものではなく、ヒット曲を「一応押さえる」という習慣もないので、
やはりよく分からない。

まあそれは僕の不勉強と趣味嗜好のせいだが、個人的な意見として、
作品としての価値の八割近くを歌い手の声質と歌詞の記述性や語感、
さらに言えばタイアップによる露出度やルックスの雰囲気など、
楽曲以外の付加価値に依存している(と僕は感じている)、
現在の売れ線ポップスやギターバンドの曲を、
別のアンサンブルに置き換えることには疑問を感じた。


いつまでも若いつもりなおっさんのたわごと、と言われればそれまで。
そういう扱いには幸か不幸か、若いうちから慣れている。


話を戻します。

失礼かもしれないが、正直なところ、僕は演奏にはあまり期待していなかった。
ただ、その辺のチンピラアマチュアバンドやお化粧カラオケ集団とは、
根本的に違う、音楽への姿勢を見たかったのだ。

そしてそのひたむきさや必死さは感じる事ができた。
しかし気になったのが、その顔に楽しげな表情が見られなかったこと。
おそらくそれは、師の不在が原因だったのだろう。

指揮者の挨拶で分かったが、顧問の先生が病気で療養中だということだった。
あとで見たが、パンフレットの序文にも書いてあった。

信頼を寄せる指導者が傍にいない、という状況が不安だったのだろう。
「見守る」という眼差しの力は、それだけ大きいのだ。
精神的支柱というものが如何に重要か、僕は改めて学んだように思う。

自分のパフォーマンスを、自分で楽しむ事が、人を楽しませ、喜ばせるための第一歩だ。
とするならば、心置きなく表現できる精神状態がまずは大切だ。
日々の練習はもちろん、精神的にタフである事もそうだが、
意識のあり方、感情との付き合い方、といった内面的な要素、
いわゆる「EQ」の占めるウェイトが大きいと思う。

これは技術と言うより感覚の伸びしろなので、「感性×経験」で伸ばすしかない。

ということは、今日の高校生(一部を除く)諸君、
君たちは失敗はするかもしれないが、間違ってはいないと思う。
自分の本当に好きなことを見つけていればね。
そして、それを楽しんでいるならば。

ああ、もの凄く当たり前の結論を導いてしまった。
でも、スナフキンもこう言ってます。

「大切なのは、自分のしたい事を、自分で知っている事だよ。」

至言也。




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