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読書メーターまとめ

3月もすっかり後半ですね。

いつもならこの時期は花粉と黄砂の影響で粘膜は悲鳴をあげ、
くしゃみ鼻水、目の痒みと充血、のどのイガイガ、それに伴う睡眠不全と、
ウキウキどころかウツウツと過ごすのがお定まりなのですが、
いまのところは大した症状も出ておらず、例年より過ごしやすいのです。
そろそろ体が覚えてくれたのかと思っていますが、
免疫機能というやつは油断すると途端に職務放棄をするようなので、
気の緩まないうちに花見がしたいところです。

しかし今年は天候不順でなんだかウキウキしますね。
もともとがボンヤリした頭脳の持ち主なので、こういう自然環境からの刺激がないと、
いきいきとした感情が表に出てこないのかもしれません。
というか、自分で自分の心持ちに気づけない。

なんというか、植物っぽいのかな。

それも綺麗な花を咲かすような頑張ってる感じのものではなく、
地味に日陰で小鳥や虫や小動物に食べられるような果実をつける低木のような。
ガーデニングやプランテーションするには根が張りすぎ、野にあっては目立たない。
人間の視点から捉えると、眺める植物ではなく、読む植物。
つらつら書いてきて、自分のことがそんな風に思えてきました。

というわけで、読む植物、あ、主語にするなら読まれる植物か。
読まれる植物が2010年2月に読んだ本です。

2月の読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:499ページ
読みたい本の数:1冊

▼読んだ本
文体練習文体練習
スタイルこそ意味の顔。ああ、すばらしい。
読了日:02月01日 著者:レーモン クノー
日本力日本力
日本を巡るいろいろなスコープを交し合う談話。松岡正剛の「語り方」に唸るのは毎度のコトながら、エバレットの「疑問形の自分」を丹念にチェックしながら開いてみせる態度は見習わないといけない。
読了日:02月09日 著者:松岡正剛,エバレット・ブラウン
▼読みたい本
勝てる読書 (14歳の世渡り術)勝てる読書 (14歳の世渡り術)
著者:豊崎 由美

読書メーター


2冊です。
ダメですね。

抱えた作業質量もさることながら、2月はウキウキよりもウツウツの傾向が強く、
向き合うべき課題に対して後手に廻ってしまい、しかも最悪のタイミングでその
状態に陥った、という情けない事情がありました。

その中身については、専門家やごく親しい相手以外にとっては愚痴ですらなく、
単なる不安感を誇大妄想化して自己弁護しているようにしか聞こえないので、
全面的に省きます。森田療法でいう「とらわれ」の状態に嵌ってしまい、知覚
が縮こまってしまったことで、行動が停滞した、とだけ言うに留めます。

それはさて置き、この2冊はなかなかに濃厚な読書でした。
『文体練習』は、高校の国語の授業で取り入れるべきでしょう。
無論、それ以前の中学校までの過程で「書く」「語る」ということを重視した修学
体制を実現するのが先決だろうとは思いますが。

そういうおせっかいな話は置いといて、この本を読んで感じたのは、「技術とは
なにか」ということです。ここで言う「技術」とはもちろん「書く」ということに関する
ことですが、じゃあ「書く」ってそもそもどういうことなの?ということですよ。

ひと言でいえば「文字によって意味を伝える」ということでしょう。
ただ、「文字」ってどんなものなのか。「意味」ってなんのか。「伝える」って、
どういう状態になれば達成されたことになるのか。

自分で広げた風呂敷を畳めないので、ちょっと逃げます。 
そもそも、「文字にしてまで伝えたい」って、どんな心境なんでしょうね。
ちょっと想像すれば、目の前にいない相手に向かって「伝える」ということを
模索しているということは分かると思います。
mixiやブログにしても、日々の他愛のないメールにしても、年賀状や各種挨拶なども、
すべて「(物理的に)遠い誰か」に対して向けられるものです。
もともとは目の前にいる相手、つまり物理的に近接している相手に対して、
声や表情や仕草で伝えていた情報を、いま、そこにいない何ものかに対して、
どうすれば伝えることができるのか。その方法が「文字」なのではないか。
(このレベルではまだ「文字」と「絵画」は未分化だと思われる)

ちょっと飛躍しますが、ということは「形」が「意味」なのではないか。
だとすると「言語」とは「形」なのではないか。ということは、「意味」
とは「すがた」なのではないか。

面白い本を読んだあとはだいたいこんなことをいつも考えているのですが、
なかなか言葉にできずに抽象的なコメントしかできずにいることが多いものです。
ただ、この本の場合は読者の「意味の感じかた」をいくつも掘り起こすものですから、
なんだかつい饒舌になってしまいました。

結局のところいつもどおりの散漫な文章ですが、僕が言いたいのは、
「意味の顔」なんていくらでも変えられるし、それによって違った「略図感」を伝える
ことができるんだってこと。「センス」ってそういうことなんだと思う。
メッセージが同じなら、磨くべきところは「伝え方」なんだということを、
改めて学んだということです。

あと、『日本力』については、一家に一冊です。
対談なので読みやすいし、各章のテーマは「日本」に向けて研ぎ澄まされていて、
それでいて安易な答え合わせ的クイズ主義を断固排斥している。
いまの日本の日常的にダメなところを容赦なくスキャンしている。
そして取り戻すべきモデルがあることを提起してくれている。
個人的には、特に団塊世代周辺の先輩方にお薦めしたい。

懐かしんだり、復元したりと、巧妙な自慰的テーマパーク経済に囲い込まれる前に、
みなさんの体に蓄積された「意味」を、「形」につなげるような言葉や文字を探してください。
この本はそういう方向へむかう示唆に満ちていると思います。
若い世代よりも歴史につながるチャンネルが豊富であることを活かして、
「経験」を死蔵せず、伝えて欲しいですね。

いやいや、読書メーターの報告にずいぶん盛り込んでしまったなあ。
だけど、読書ってこれぐらいのモノが入って当然のモノだよね。
こういうことを、もっとコンパクトに書けるようにしていきたいものです。
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