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春風の矢根千 猫たちと憂鬱

今日は春分の日。
陽気も春めいてきました。
この風の強さ。
遠くから何かが届いているような感じがします。

昨日は谷中、千駄木、いわゆる「谷根千」のあたりをうろついてきました。
前回(2年ぐらい前かな?)行った時より人出が多く、賑わっていましたねえ。
その騒がしさを嫌ってか、街の猫たちはあまり見掛けなかった。
すっかり観光名所の「夕焼けだんだん」でも一匹も姿は見えず。
きっと高いところで日向ぼっこでもしていたのだろう。

店頭売りの生ビールを紙コップで飲みつつぶらぶらと。
これです。これぞ春。春が来た。言葉でなく心で理解できた(出典略)。

ひと通り商店街やよみせ通りを冷やかした後、不忍通りへ出る。
ブックカフェ、「ブーザンゴ」へ。
残念ながらカフェの営業はしておらず、古書の販売のみだった。
小じんまりした店ながら、妥協のない品揃え。良品ぞろいである。
キリがないので2冊を購入するにとどめる。
価格設定も妥協がなかったので。

『カラー版 世界デザイン史』 阿部公正 監修 1200円
 図版の豊富さと年表のカッコよさに参った。

『美少女論‐宝石を見つめる女』 稲垣足穂 950円
 タルホの「美少年」ではなく「美少女」論。

連れは10冊ほど購入していた。
曰く「古本は会った時に買わないと、二度と会えないから」とのこと。
いや、それは分かってますけどね・・・

引き続きぶらぶら歩き、歩き飽きてきたところにあったのが「ノマド」というカフェ。
おいしい珈琲をポットで出してくれる。せかせかしていなくていい。
店の壁には写真作品が展示してあった。
店主の参加しているアマチュア写真家のグループのものらしい。
特に目を引く作品はなかったけど、テイストとしては好きな感じ。
「影」を撮っているのが良い。「撮影」というぐらいだから、
触り得ぬもの、残し得ぬものを追うのが写真だと思うのです。
カメラ欲しいなあ。

日が暮れるころにカフェを出て、「夕焼けだんだん」で夕焼けを見るべく引き返す。
少し空気が冷えてきているけど、まだまだ人が多い。なんとなく鎌倉の賑わいと似ているような気がする。
旧来の観光地的なあり方から、一度は衰退し、新しい世代によって掘り起こされた街、
という推移が似ているから、集まるヒトやモノも似ているのかもしれない、と話しながら歩いた。

谷中は寺が多く、お彼岸のこの時期は墓所の壁を越えて線香の匂いが路地に漂っている。
それが、時折強く吹く風が運んでくる供花の匂いと混ざって西日に滲む。
なんだか妙に懐かしさを感じる風情だった。

「夕焼けだんだん」に戻ると、昼間ほどではないがそれでも賑わっている。
猫が二匹、階段の脇で丸まっていた。どちらもふてぶてしい表情。
階段に背を向け、時折ちらちらとやぶにらみの視線を人ごみに向ける。
随分と丸っこい体つきだ。ネコ科のしなやかさがまるでない。
それを見ている親子連れの、親子どちらもが「かわいいね」と言っている。
おいおい、気はたしかか?
それとも今まで一度も健康な猫を見たことがないのか?

これは想像だけど、観光地化に伴って、近隣の「街猫」たちを一斉に去勢や不妊治療でもしたのではないか。
人間によって野性の力を奪われながら、それでいて自分たちの力を奪った人間にすり寄らずには生き残れない。
獲物を見ても興奮できない、不感な肉塊に改造された自分の体を呪わしく思わないだろうか。
ここに猫を見に来る人にとって、それはどうでもいいことなんだろうか。

僕は特に猫好きというわけではないけど、猫の姿というのは驚くほど美しいと思うことがある。
以前、横浜の外人墓地で見た、墓石に佇む青い目の白ネコには思わず息をのんだ。
その時の記憶は今でも鮮明だ。
ほっそりした白い体、しなやかな丸みのある背中、引き締まった口元、とても凛々しい姿だった。
そして目は横浜の海と空を映すような、深く澄んだ青だった。
その体の奥には明らかにネコ科の野性が息づいていた。

谷根千の猫たちは、自身の肉体を檻のように感じているのではないか。
かつては世界とダイレクトにつながるチャンネルだったはずの肉体を。

おっと、話が鬱屈してきたようだ。
まあ、猫を相手にするのに引っ掻かれることすら想定外とするような考え方を、
僕は正気とは思えない、ということですね。

春なのに、こんなことばかり考えて。
気は確かか?
いや、確かだから困るんだ。
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コメント

地域猫をご存知ですか?

たまたま検索していて、ここを読みました。
谷中周辺の猫は地域猫として、行政と住民の保護のもとに暮らしています。これは最近のことではなく、10年以上前からボランティアによって始められたそうです。
どうして避妊去勢して、地域猫として世話をするかというと、子供が増えるのを防ぐためです。以前はそうした処置をしていなかったため、捨て猫が次々と子を産み、大変な数の野良猫がいたそうです。
ここに来る観光客やテレビなどの取材陣はそういうことをまったく知らない人がほとんどです。そうした人たちが誤解を生み、結局は猫たちを不幸にするものを書いたり、報道したりするのがとても心配です。
谷中の猫はみな太っていますが、それは、エサを与える人が多いためです。夕焼けだんだんは台東区ではなく、荒川区ですが、ここには、猫にエサを与えたら罰金という条例があります(登録している地域猫ボランティアは別)。
ボランティアが避妊去勢しなければ、彼らはみな、保健所で処分されてしまうでしょう。

猫ウォッチャーさまへ

猫ウォッチャーさま

ご意見ありがとうございます。
地域猫という活動が以前から継続しているという情報、
今回はっきり認識することができました。

猫ウォッチャー様のご案内の限りでは、猫が繁殖するのを防ぐのが目的の活動なのですね。
その意図はよく分かります。
野生の猫が増えると近隣の住民が困るという都合もごもっともです。

ただ、観光客的な気楽さによる意見かもしれませんが、
それらは基本的には人間の理屈に立脚した効率化だと思います。
その効率的な解決策を重んじるならば、猫専住区を設けるなど、
猫の立場を人間と少なくとも対等と考え、実行すべきでしょう。

誤解のないように添えておきますが、僕は猫を飼育した経験はありませんが、
猫たちの愛らしさは異論なく受け容れる立場にあります。
だからこそ、人間の都合を猫に押しつける立場には賛同できませんし、
法の不備によって「地域猫」が名ばかりの「観光用飼い殺し猫」にならぬよう、
懸念しておるものです。

奈良公園の鹿も同じような問題を抱えているようですが、
ぜひとも協力しあって、身近な動物との触れ合いの可能な、
21世紀的な安らぎのある、観光特化でも産業特化でもない、
分散的な「立ち寄り価値」を実現してほしいと思います。

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