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地球はごちゃごちゃ大変だ

某所で書いたモノの転載を忘れていた。
タイミングとしては大きく遅れているけど、一応。

~・~

やらねばならんことが山積みだ。
正直言ってしんどいが、好ましい人々のために何かする機会があるということは、
きっと幸せなことなのだろうと思う。
自分が関わっている「場」が、慎ましく、しなやかで、涼やかな風通しを好むことに、
改めて誇りも感じ、自身の不足も感じている。
こんな言葉が出てくるのは、今敏監督の訃報も影響しているかもしれない。

いまごろ、黄色いTシャツの運動会が行われている頃だろう。
何処に響くか分からないような、打ちっぱなしの善意というのも、
まあ有ってもいいとは思う。
それが出来る体力が有る組織ならばぜひそれに専念してもらい、
より多くの成果を挙げてほしいと思うほどだ。

しかし、その活動で集められる資金を、この国のがんの治療や医療制度改革、
医師の待遇改善や院内政治の撲滅に活かせるのだとしたら、その方が
むしろ「地球を救う」ための有効な金になるのではないかと思うのだ。
そこで育った医師や技術は人類全体に益するものとなるだろう。

愛なら、僕も持っている。
だけど、黄色いTシャツの運動会には絶対に渡さない。
マラソンが恒例化した辺りから特にそう思うようになった。
人の心を、そこまで安く見積もりやがったかという怒りが未だに収まらない。
マラソン走ったから、じゃあ何人が完治するんだ。
そこの調査はしてんのか。
話題集め以外に「地球を救う」ための効能はいかほどのものなのか、
しっかり説明できるのか。

寛平の100km挑戦は、そのハードル設定自体に挑戦的な意味があった。
だからこそ、時間内に達成できなかったという「負の記憶」が残った。
達成できそうにない目標でも、とにかく全力を尽くすという姿勢こそが、
「愛」なのだと表現できていた。

ところが今はどうだ。
あれから10年近く、同じようなことを惰性で続けている。
本音を言えば、もうやりたくないんじゃないのか?

とはいえ、24時間通して、いつ、どの場面を拾っても、
頑張っているようにしかみえないのは確かですよね。
頑張って走る(というか進む)しかないんだから。

これは能力に対して極めて不相応な役割を「チャリティ」や
「ボランティア」という名の下に課せられているわけで、
「芸人」の「芸」の範疇で評価してはならないと思う。

もうめんどくさいのでまとめると、「貢献」というインチキと、
「共感」という脅迫を、長時間懸けて行いながら、
その成果を一日だけで放ったらかすという、
メディアとしての姿勢が稚拙すぎる。
その地方の優良官僚特有の暢気で悠長な感じが嫌いではないのですが、
それを認めようとしない小利口なだけの「自称一般人」が邪魔すぎる。

「まつり」をつくりたいのなら、市民が勉強しないとね。
出演者はノーギャラであるべきだとは言いませんが、
その黄色いTシャツの24時間を成立させる為の費用は全て公開すべきだし、
出演者の報酬も全て公開されなければならないでしょう。

さあ、そのへんはどうなるのでしょうか。
疲れたのでこの辺で手放します。
見直すのもめんどくさい。
実際に福祉に従事している知人の話では、施設の経営者のエゴにより、
深夜まで無給での業務を強制されたそうです。

あのね、「父の日」や「母の日」は父母に感謝して、
今日ぐらいは感謝の意味も込めてその負担を軽減しようとか、
そういうふうに過ごすのが普通ですよね。
それが、福祉の現場に従事する者にとっては負荷が増大する24時間になっている。

この経営者が例外的に愚昧なのかどうなのかは分からないけど、
こんなことが起るのはやはり根本的に失敗があるのではないか。
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