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情報禍社会

なんだか最近、いろんなものが慌しく動いているなあ。

藤波の新日本退団。
小橋の癌の疑い。
中田英の突然というよりは各方面への配慮の結果やや前倒し気味な感のある引退表明。
ディスカバリー打ち上げ順延後の二転三転する状況。
無かった事にされかけてるテポドン発射準備。
小泉総理とブッシュ大統領の「同人外交」の落としどころの無さ。
橋本龍太郎の逝去に伴う死にたてホヤホヤ著名人の再評価ごっこ。




メディアというものは、どこかで起きた誰かの忙しさを喧伝するのが仕事だ。
そこで伝えられる要点は、その忙しさによって誰がどのような利益を得て、
誰がどのような不利益を被ったかに重きを置く。

その情報が孕んでいる状況自体の考察は、ほとんどの場合、
後回しにされるか放置される。

それは2ちゃんねるになぞらえて言うならば、「スレッドを立てる」
という行為に過ぎないのだ。

2ちゃんねる内では「クソスレ立てんな」で終わるのだが、
どうやら世間にはクソスレを歓迎する、もしくはあまり疑わない人々が、
僕が思っていたより多数いらっしゃるようだ。

僕が子供の頃、大人たちはもっとしっかりしていると思っていたので、
「情報」に対してあまりにも無為無策な大人たちの現状にとても傷ついている。
「情報」という言葉がいまいち把握しにくければ、「表現」と言い換えると、
僕の言わんとするところを理解してもらえるかもしれない。

テレビだろうがラジオだろうが新聞だろうがネットだろうが口コミだろうが、
あらゆる情報は「誰か」の意思に基づく表現だ。
その「誰か」を意識する事が、情報に接するあらゆる人間の基本的な態度として、
最低限必要な要素だと思う。

多数派の意見におもねる事が協調ではないし、少数派を気取る事が個性ではない。
事実を自分の願望に引き寄せて拡大解釈することが柔軟さではないし、
相容れない意見を苦笑いで見過ごすことが寛容さではない。

最近一つ年を取る事になったからか、「大人」とか「成熟」ということについて、
いつの間にか考え込んでいる自分がいる。
そしてネット上においてさえも、「マス」というものの怖さを改めて感じている。


とりあえず、雑感書き散らし。
なのでご意見も雑多にお寄せください。
あなたの脳が僕を助けてくれるかもしれない。


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