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こういう時は何から書けばいいんだろうか。



5月28日の22:00過ぎ。
我が家の愛犬が亡くなった。
雄の柴犬。
15歳だった。
その夜は仕事で、最期を看取ることは出来なかった。

夜勤が明けて、5月29日。
隣町の動物霊園で荼毘に付し、骨を拾った。
今は骨壷になって帰ってきている。


寝たきりになって、もう2週間ほど経っていただろうか。
今年の2月に軽い脳梗塞で倒れてから、衰えが目立ちはじめた。
それ以来、足腰は弱り、体重は減り続けた。
日に日に衰弱している姿を見ていたためか、驚きは無い。
それなりに覚悟は出来ていた。
大往生なのだと思う。
穏やかな顔だった。


その日の昼間、僕は愛犬の傍で添い寝をしていた。
寝たきりの体に床ずれができるのを防ぐため、
1~2時間ごとに寝返りをさせなければならない。
その仕事に備えて、隣に布団を敷き、夜勤に供えた仮眠を取っていたのだ。

ここで一緒に浜辺や草原を走り回るような夢を見て、
それを鮮明に覚えていれば、お話としてはこの上なく美しいだろう。

しかし、残念ながらそういった記憶は無い。
夢に出てきたような気はしないでもないが、
記憶というものは時として願望に染まりがちなものだ。
特にこういった場合には、無意識の内に感情的な錯誤が起こりやすい。

唯一、その時のことで覚えているのは、半分寝ぼけた状態で、
筋肉の削げ落ちた愛犬の体を裏返しながら、
「ずいぶん軽くなっちゃったな。無理しなくていいからな」
と声をかけたことぐらいだ。

そして、その数時間後に息を引き取った。
あの一言がきっかけだったのだろうか。
僕が引導を渡した、ということなのだろうか。

そんなはずはない、さすがに思い過ごしだろう、と今では思う。
それでも時々、そんな考えが頭をよぎるのだ。
ああ、もしそうなら、願わくばそれが、彼を病苦から解放し、
安らかな眠りへと導く一言であったと思いたい。

全ての命あるものは、生まれた瞬間から死へと向かうのだから、
あの5月28日という日は、いつか必ず訪れる日だったのだ。

全ての命は旅立つ。
誰もがいつかは行かなければならない。
僕はこれから、どれくらいの旅立ちを見送るのだろう。


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